精神科(精神病理学)用語シソーラス
まさしく瓢箪から駒で、2025年10月末に日本精神病理学会の理事長を拝命いたしました。前々理事長の鈴木國文先生、前理事長の兼本浩祐先生と比較すると明らかに小物であり、高級寿司のコース料理中になんらかの手違いでキュウリ巻きが出てきて、思わず箸がとまるような当惑を覚えておられる会員も少なくないのではないかと拝察申し上げます。しかしながら、キュウリも丁寧に下準備をしてきちんと巻くと、重厚な寿司ネタの程よい口直し程度にはなるかも知れません。
村上仁先生が木村敏先生に「精神病理学という特別な学問はない。精神病理学とは臨床のことである」とおっしゃったという有名なエピソードがございます。この言葉の真意を私がつかめたのは50歳を越してからです。診療現場における「驚き」「戸惑い」「ひらめき」こそが精神病理学という営為そのものであるという認識は間違いないと思われます。精神病理学が「思想」や「批評」と強い親和性を持つことは否めませんし、そういう角度からの言説が有意義かつ生産的であるのも事実ですが、やはり力点は本分である「臨床」に置かれるべきです。
私の器量とも全く釣り合いませんので、「精神病理学は精神医学にとって根本的・本質的・特権的な学問である」とレゾンデートルを高らかに宣言するような大仰な振舞いは控えることにしました。肩の力を抜いて、にこやかに、臨床現場から湧き出る様々な着想を学術総会と学会誌に皆で持ち寄り、性急に解を導くことは目指さず、自由闊達な議論を大いに楽しもうと思います。「何やら面白い話題で毎回盛り上がっているらしい」と非会員の方々にも噂が広まれば、入会者が増えて、当学会は一層魅力的になるでしょう。ときに見慣れない術語に遭遇してもご懸念は無用でございます。複雑とされる麻雀のルールでも参加しているうちに自然と身に着くものです。
兼本前理事長は精神病理学の妙味を「落語」にたとえられました。私はそのご見識を敷衍し、古典にとどまらず新機軸を打ち出しやすい「漫才」の流儀で精神病理学が席巻することを夢想しております。次から次へと若手が登場しては過去に類を見ない斬新なネタを披露し、ベテランは手堅いネタを更に練り上げ大向こうを唸らせ、同じ舞台で老壮青が対等に張り合える「臨床知の祭典」として当学会を盛り上げてまいりましょう。大会参加、大会発表、論文投稿は大歓迎。他にも興味深いご提案があれば是非ともご教示下さい。皆様、どうかよろしくお願い申し上げます。
芝伸太郎