理事長あいさつ

理事長就任のあいさつで言うべきことではないとは分かっているのだが、私自身は自分自身と精神病理学会での理事長の組み合わせには大きな違和感がある。ちょうど落語に足しげく通っていた落語愛好家が、落語協会の会長に就任したような違和感で、落ち着きが悪いこと甚だしい。好きな演者はたくさんいる。むしろ、フリークといってもいいくらい心ひそかに贔屓にしている演者も多く、ある程度耳の超えた聴衆の一人だという自負はある。精神病理学は大好きで、これからゆっくりと老いの楽しみとして精神病理学を楽しみたいと思っていた矢先の寝耳に水の理事長就任である。確かに自分自身も演目を演じることは時にはあるけれども、そもそもそれはあまり受けたことがない。多分、精神病理学への関心の出発点が、私の場合、たぶんに私小説的であって、自分の苦痛を目下の精神病理学は救ってくれるのかというところが出発点であったこととそれは無縁のことではないように思える。いうなれば色々な意味で精神病理学の素人なのである。


他方で、精神病理学が、精神科医の基礎的な素養だというのはもちろんそうだと思う。それ以上に、こんなに面白い学問にせっかく自由にアクセスできる精神科医という立場にあって、この学問と無縁に過ごすことはもったいないことだという感想はおそらく多くの会員の方と共通した思いではないだろうか。精神病理学会の会員はここ何年か長期低落傾向である。自分自身の脳の機能も低落傾向にあることを思えば、後何年、贔屓の演者の話しをきちんと楽しめるかは心もとないところもあるとはいえ、詩の一節を聞いているかのように美しく響く論考を折に触れて聞くにつけ、この学会には続いて欲しいし、もっとたくさんの精神科医にアクセスして欲しいという願いも多くの会員と共有するところではないかと思う。理事長に就任して感じる自分の感情は、正直を言って落語好きのご隠居が落語協会の会長になったような場違い感からなる「恥ずかしさ」ではあるが、「おもしろければどんな演目でも」というのは強みといえば強みであろうか。


ともかく精神病理学を盛り上げる企画があれば何でも言ってきていただきたい。あそこの学会では何かおもしろそうなことをやっている人たちがいるという雰囲気が漂うのが、この学会が継続していくのに今大切なことの1つだと思う。そうして一刻も早く、もっとちゃんとした人に引継ぎをしたいと心から思っている。



兼本 浩祐